Shusay Yamamoto site山本修生
shusay yamamoto 202506
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2025 06

       
 

2025年06月30日(月)

都内に居た頃から理解できない、このリスク
初対面の相手に
「ボクは〇〇大学なんですけど…」っという枕挨拶
これは一体何なのか?
この大学名を名乗る利点は、相手が
同じ母校同士だったり、その母校に接点のある知人が居るケースで
商談がスムーズになったり、話題に入りやすくなる
だが、この挨拶全く接点がない確率も高い
業種別の文系理科系で、その学校卒が多い分野は確かに存在するが
昔に比べ
各企業幅広い人材や中途採用も増えて
都内に居る人間 = 6大学出。…というパターンも年々減っている
こうなるとこの大学名挨拶は
ヒエラルキー診断みたいな意味合いが濃くなる
どっちが偏差値の高い大学を出たかのマウント系挨拶
まるで道で出会った動物同士がどっちが上か探り合う行為の様だ
動物か?
傍から見たら全然知的な行動にも見えない
これって例えば母校が公立の頂点、東大だとしよう
「ボクは東大なんですよ」って挨拶する利点は何?
初対面で東大を語るっていうのはかなりの自信家だと観られるし
失態も起こし辛い
寧ろ自分のハードルを上げるリスクしかない様に思える
…この謎なマウント人
まだ都内にまだ生息して居るのだろうか?

いつぞやも会社の名刺を貰う時にわざわざ
この出身大学名を名乗って来た方が居たが
「ふーん…」
「今のはどういう意味で、どうリアクションするのが正解だったんだろう」と悩んだ
名刺って渡した瞬間から会社の代表みたいな意味だと思うが
それと別に名乗るってことは
「会社員だけど一緒に観るな!」って意思表示なのかなぁと…
とにかくコレって印象的にリスクしかない様に思う



2025年06月29日(日)

日々変わる正義と悪の情報
ついこの間まで悪とされていたモノが実は善玉だったとか
ずっと正義だと思っていたモノが実は悪だったとか
この世の中は食から人に素材まで、全部の価値観は常に変動している
だから全てを鵜呑みに信じてはいけない
例えば食についてずっと悪だとされていた油も
摂取量が足らない人ほど動脈硬化が報告されたり
常識だと思っていた話も常に上書きが行われている
ここで思い出すのが武田邦彦先生
お若い時からいろんな病気をなさっていた経験から
独自の健康方法をお持ちで
その中の言葉で特に印象的だったのが
人は身体が欲したモノを欲したタイミングで摂るのが一番
僕より全然長く生きていらっしゃる歴史においても
アレがダメ、コレがダメだと言われて覆された常識の中
健康については数値より個体差を重視した方が良いという結論
他人から見ればスゴイ偏食であっても
それで体に悪影響がないのならばその人にとっては無害に近い
…どうせ生きるのなら、好きに生きた方が幸せ度も上がる



2025年06月28日(土)

なんとなくわかっていたことシリーズ…
昨日梅雨が明けたらしい
そりゃそうだろうな、最近雨がない
雨がない日々だけど、蒸し暑いからまだ何処かで降るんじゃないかって
心の何処かで期待していた面があったのだ
でも週間天気予報も遂に雨マークが消えてしまっていた
…こんなに暑いのか…
夏なんか来なきゃいいのに…と思うほど、この後が怖い暑さだ
気の所為か
シーンとしていた耳鳴りが、抑揚に波を付けて
セミの声の様にすら感じる
当に晴天の日差しと暑さで体が条件反射的な反応をしているのだろう
…気がつきたくなかった夏の到来
夏って休み以外何が良いんだ



2025年06月27日(金)

みんなわかっていること
今回初で次回は無いって勝負事なら、負けられない
だがシリーズで長丁場な戦いには
長期戦を見越した戦い方をしなければ
最終の一番肝心な戦いで息も絶え絶えな状態の可能性もある
…とはわかっていても
ファンには一勝も落として欲しくない心理がある
そんな事は現実的では無いとわかっていながら
ファンは全勝で行って欲しいと思う無茶苦茶な側面があるのだ
だが仮に全勝で来ても、いざ決勝で負けたら絶対に怒るし
ファンは過程より結果しか観ていないモノでもある
先のプロ野球交流戦の結果についても
一喜一憂しているファンに
「ココの順位は、この後のリーグ戦では関係ない」と落合が語っていた
そりゃそうだ
リーグ相手に勝てなきゃ、上に行かなきゃ、話にならない
ただ今回も『実力のパ・リーグ』を実証する結果になっただけだ
全てはこの後が問題
最後まで残れて、その最後に勝てれば良いのだ
いわゆる
ラストマン・スタンディング
最後までマウンドに立っていられるヤツの勝ちだ

ファンとはこんな事もわかっていながら
なんだかんだと無責任にブー垂れるモノなのだ
イチイチ相手にしていてもキリが無い
アンチコメントなんか観ない聞かないに越した事はない



2025年06月26日(木)

ほぼほぼ8割方のご近所の田植えが終わった
土を起こして、田に水が入るまでは煩かった蛙も
人が居なくなった周囲は一斉に静寂な時間となった
遠くを飛ぶジェットの音以外、シーンとしている
そうだ
田舎の日常は、農家の動かすエンジン音以外
ほぼこんな自然音しか耳には入って来ない
こんな景色やこんな時間も
また経験出来るのだろうか?
何処か当たり前の様で懐かしい静寂
それともコレは今だけ感じているだけの感覚で
本当はもっと喧騒な世界なのに気づけず
静寂だったと刷り込ませて居ただけなのかもしれない
…それでも良い
今はただただ
シーンという耳鳴りしか聞こえない周囲を堪能する



2025年06月25日(水)

みんな頭では理解していることなんじゃないかな?
人生は自分が主人公
自分以外の人間も各自で主人公。この世界は主人公だらけ

だから自分に都合の良い事ばかりは起こらない
経済の仕組みと一緒
誰かの利益は誰かの損益
誰かの勝利は誰かの負け。 逆も同じ
慈悲とは巡り巡って自分に投資する行為である
良く恋愛ドラマで観る
「友達なのに」「友達だと思っていたのに」…も裏切りではない
友達も主人公であり、そうなる権利、そうなる可能性があったに過ぎない
だからそんな友達にドラマの様な報いも罰も起きない
単なる可能性を物に出来たか出来なかったかの差
全ては【ご縁】
ご縁があっても、願いが成就しても
その後ずっと上手く行っているか、成功しているのかも別の話
全てその後の成功は
本人が如何に挫折しても腐らないかで決まる
恨んで腐ってそこに停滞してしまった人間だけが負ける構図だ
人生は生きている間、ずっとドラマは続いている
ハッピーエンドもない。但し、ハッピーを永続させる術があるだけ
それは腐らないで絶えず【次】の夢を追うこと



2025年06月24日(火)

少し前の夢に観た『お告げ』的な話
宗教的なカエル(蛙) の位置づけ
蛙はキリスト教的には不浄とされる地域や時代もあったが
冬眠して春にまた出て来ることから
キリストと同じ復活を象徴する生き物でもある
その蛙の巨大なヤツが夢の中に現れ
僕を覗き込むかの様に見つめられたその瞬間
蛙の目に十字架を発見する
明確に言えば十字架を横にした状態
いわゆるセサミストリートの蛙キャラ、カーミットの目だ
同時にこれって羊にも通じると思ったのだ
羊はキリスト教にとっては神の子だが
羊に良く似たヤギは間逆な異端者、悪魔的扱いをされる存在である
この扱いの差はよくわからない
実際に蛙も羊やヤギも十字架というよりは瞳部が横長になっているだけで
ほぼ棒状形状が普通で、十字架はこじつけっぽいのだが
夢の中で発見した時、もっとカーミットっぽい目でそう見えた時
頭の中に
「そうだろう?」という男性の声がしたのだ

全ては夢の話だが
人類が恐れ敬う元って
結局はこういうこじつけ的な発想なんじゃないかと思った訳だ
迷惑なのは、勝手に位置付けされた羊や蛙やヤギなのだと



2025年06月23日(月)

ネットは回線会社から新規ルーターが届いたのだが
今回は即切れ。をいをい。数秒も保たない
一応プロバイダーへスマホから内情報告を送信しているが
サービスサイトが旧式なままもあってか、状態を書くにも
改行から妙な動作だし、文章全体も見えなくて四苦八苦してしまった
しかも4時間待った返信は実に業務連絡みたいなテンプレ系
どうやら知らない内にまた設定名に変更があった様だ
会社が吸収されたことで、これまでも名称変更が数度あった
お知らせ通知があったのか? 見落としていたのか? 全くわからなかった
これまで繋がっていたのが奇跡? それともサービス期限内だったのか?
期限ならその通知や警告があっても良さそうなものなのにと思いつつ
会社も吸収されて人員も回ってないのかもしれない
という訳でなんとか問題は解決
なんともヤキモキさせられた数日だった
ネットが使えなかった時間
逆に言えば、こんなにもネットに依存していたとは…
これは何かの暗示か?



2025年06月22日(日)

予測
格闘技の打撃回避術について
特に有名なボクシングは相手の動きを予測する場合
相手の肩の動きを観るとか言われていたが
その大半は、先に仕掛けさせる事で相手の反射的な動作を予想するらしい
簡単に言えば
相手が先に右を打って来たら反射的に次は左を打つ確率が高い
後はその動作パターンを予測して躱すというもの
だから先に相手に手を出させる事が重要で
「打ってみろ」とばかりの挑発行為をする訳だ
予測性の精度を高める為にも、打たせる位置が大事で
挑発時にも顔を突き出し、顔を打たせようとしたり
腹を突き出して、腹部への攻撃を促したりする
そうすることで躱した後の相手の隙も予測出来て
相手が次に動く方向に合わせたカウンターを当てる事も可能になる

ボクシングはこの組み合わせパターンを体に覚えさせているのだが
プロ同士だと相手も当然このパターンは承知している訳で
ここにフェイントや、新たな変則パターンを入れたりの駆け引きがあったり
どのスポーツもそうだが日々進化がある事自体が
その醍醐味の一つだ
…人生も
予測を裏切られると悔しい部分もあれど
清々しく予想の上を行かれると感動や尊敬も生まれる
人は毎回この予測を上回る感動の出会いを求めている様な気がする
決して単純に殴られたい訳ではない
このボクシング以外にも、芸術事の技術や、音楽もそうだ
いい意味で予測を上回った出会いが欲しいのだ
新しい技法に出会えた瞬間、発見した瞬間
やられた!と思えた瞬間、負かせたと思えた瞬間
人生は予測を超える進化合戦が楽しいのかもしれない



2025年06月21日(土)

ネットは暫くルーターが届くまでの辛抱となった
本当は今日届けてくれるって話だったけど、生憎僕の都合が悪かった
…ということで今日も20分程度しか繋がっていない
お陰で、前回のPCが届くまでの間読んでいなかった本を読んだ様に
今回は観ていなかった映画やドラマを観て過ごす事に
こんな時間も必要だ

…とか言いつつ
国分太一の無期限活動休止に隠れて
女優藤村志保さんが亡くなったニュースを本日知る
品の良いお芝居をなさっていた女優さんだ
この方が入ると画面が締まるっていう大事なファクターでもあった
良き思い出をありがとうございます。R.I.P.


夏至点 ご近所の神社にてお迎えをする

周囲で田植えが始まった
明日の天気は雨予報。明日はもっと多くの田植えが始まるだろう



2025年06月20日(金)

今日も繋がらない
これは参った。調べ物の度に再起動したり
繋がっている時間が短い所為で、途中までしか作成できない
こんな長い間の不通は初めてだし
大体同じ料金を払っている身としたら不公平だ
回線元に連絡すると、局の方では問題を確定出来なかったので
ルーターを交換してくれるらしい
交換も同じ症状だったら、サーバーなのかもしれない
今後また似たような状況になる事も想定しなければいけないかも
なにか対策も考えねば…
6月は税関連の支払いや、季節関連の出費が多い印象だ


YMOがビートルズ並にレジェンドだと思うことに
メンバーが奇跡的にソングライターの才能があったこと
メンバー全員が歌えるってバンドも居そうでなかなか居ない
YMOは元々発起人の細野氏はドラムを林立夫氏に依頼しようとしていた
だがYMO特有のクリック音でのドラム演奏を嫌がられた事もあって
高橋幸宏氏に決まるのだが、その高橋氏から教授へ繋がる事を考えると
当にこれは奇跡と言えるメンバーなのだ



2025年06月19日(木)

まだ夏休みでもないのに、平日の午前中から
インターネットが繋がらない
…以前も似た現象はあったが、今回の繋がらないは、長い
再起動しないと繋がらない。繋がっても20分も保たない
なんなんだコレ?
サーバーの問題?
なんとかせねば


エコキュートの排水「水抜き」処置を終える
給水栓が思いの外固かった
素手じゃ無理じゃん



2025年06月18日(水)

蒸し暑い中、税金を払いに行く
行く足は重く、帰りはやっと一つ重荷が減った気分
他に支払いはないか再チェック
なんでいつもこんな季節が納税月なのかと考えるに
翌月が夏のボーナス期だからなんだろうなと邪推
「アッシには関係ねーことでござんす」
思えば、お勤め経験はあってもボーナスの無い会社ばかりだった
ボーナス、一度は貰ってみたかった…

公務員の皆様
ボーナス時は、出来れば国産、地元でのご使用をお願いします
殆どのご家庭が家のローンか子ども関連なんでしょうけど…


昨日のホンダ国内民間初のロケット自立離着陸成功
実に内燃エンジンのホンダらしいキレイな離陸に
すごく安定した着陸だった。凄い
マン島にF1優勝、2足歩行ロボットといい、航空機といい
ホンダは期待を良い意味で裏切る技術屋企業だ


ちょっと遅かったかな…の寝具の衣替え
もう暑いよ



2025年06月17日(火)

扇動されるバカ
昨今いろんな事が「そうではなかった」とめくれている
歴史についても教科書の肖像画はその人物ではなかったとか
実際の功績についても疑問な話は多々ある
だが、それも一つの考察、一学者説と言っても良い
何故なら誰も当時は観てないし、知らない
ただそういう可能性も高まった…という一説なのに
何故か後から出て来た話が最新だから正しいと思っているのか
全てに否定して来る勢力が残念だ
その有名な例が
「坂本龍馬は何もしていない説」
極論を言えば
いやいや、だからといって何もしていないとも言えない
何もしていないヤツは暗殺されたりはしない
学者が言ってるから正しいと決めつけるのは非常にキケン
これまで学者の説ほどひっくり返されて来た歴史は多い
だからタダの説なのだ。まだ正しいかどうかもわからない一考察
その他人の話に便乗してマウント系にダメ出しするヤツが残念過ぎる
その説はお前が探したんじゃないし
お前も当時を観て来た訳でもないし
だからと言って坂本龍馬が本当に何もやってないって証でもない
ただ司馬遼太郎が語るほどの功労者とは言い難い…って話だ
そもそも司馬遼太郎も作家であり、あれもただの創作作品
しかもあれは竜馬の話であって龍馬とは言ってない
司馬遼太郎も坂本龍馬も誰も悪くない
悪いのは勝手に妄想して現実と創作もわからなくなったバカな受手だ
自分で考察しろ!
だから、彼を神格した側も、今「そうではなかった」って騒いでる側も
どちらもバカだって話だ
どちらも自分の頭を使っていない

※この話の戦犯にはよく武田鉄矢の名が挙がるが
彼が世に言い出す以前からこの坂本龍馬熱は存在していた



2025年06月16日(月)

江戸時代、庶民は長屋に住んでいて非常にコンパクトだった訳だ
方や大名はかなりの土地に屋敷を構えていた
有名なところでは、今の明治神宮が細川藩
三田の慶應義塾が島原藩、早稲田は尾張藩など
各藩邸屋敷跡に今の大学が出来るほどの土地を所有していた
江戸時代は世界有数の人口過密都市であったのに
都市の周囲は農村に囲まれた広大で余裕のある地域だったのだ
その余裕もあってかその後、庶民も武士並な庭付き一軒家に住む時代を経て
現在の集合住宅が増える過密時代になっている
今後外国人による購買が進むと益々この密度は加速するやもしれない
そうなると新たな土地を求め、空間がまた狭くなる…
狭い家でも効率に住んでいる訳だが
やはり公園や公共物は壮大な空間であって欲しい
家も外も狭き世界では想像力も広がらない気がする

人はまとまって住んだ方がインフラ的にも良い
しかし自然は人と隔てた確保が大事な気がする
神社やお寺はそのままにしておいて貰いたい
すなわち、日本が日本らしいままで居て欲しい



2025年06月15日(日)

老いた自覚
みんな見た目ばかりを気にするが
老いたと思う特徴に“歩き方”がある
簡単に言うと、足の付け根部分の可動域が狭い
足が上がってない様なすり足みたいな歩行になって来る
これじゃ躓く訳だ
足が上がってないから、若い時は引っかからない道の突起に
つま先がぶつかる
足の付根から足が動いていない所為だ
酷くなると、電池式のロボットみたいなすり足の少量歩行になって来る
だから足を上げる歩行を意識する!
僕は毎日、足の付け根部分を意識して
足を前後にぶん投げる感覚で、毎日蹴りと後方に投げる運動をしている
効果があるかどうかは知らないが、やらないより良い気がする


下手くそ
適度であればわからなかったモノを
あまりの粘着、しつこさで、明らかに何かあると疑われる
まるで吉本喜劇のネタみたいな隠し事の下手な連中
金に癒着しています!って言ってる様な連中ばかりで呆れてしまう
陰謀論は、否定している連中がソレに加担している当事者揃い



2025年06月14日(土)

自分の『器』とテストステロン
人間は当然だが自分にリミッターを制限してはいけないと思う
自分に限界を設定した時からソレ以上にはなれないし
自分への可能性、チャレンジをしないということになる
だが生まれてから周囲に揉まれる事によって
自分より才能のある人物らと出会い経験することによって
誰もが自分の技量もなんとなく解って来る
そこで自分には才能がないからと
他のジャンルを模索する者も出て来るのは至極当然の事だが
事、目や実力で判る才能や技量ではなく
目に見えない人の価値、カリスマ性や注目される才能に関しては
妙に自信がある者が居る
時にその根拠すら解らない、摩訶不思議な“自信”

これはやってみなければ解らない他人の評価なのだが
こういう事はやる以前から滲み出ているというか
昨日今日で出てくるオーラでもないと思うし、大抵は事前にもわかる
わかる筈なのに、「俺が出る事で周囲も賛同してくれる!」的な
一見無鉄砲にも見える暴挙に出る方が結構の割合で存在するのだ
コレって私の勝手な人生経験からだが
普段から体を鍛えているか、体力にも自信がある方に多い印象なのだ
…それまで、ずっと地味な存在だったのに…
多分、テストステロンが彼らの背中を押しているのかもしれない

だが、カリスマ性っていうのは、一夜には生まれない
そういう方は日頃からそれなりの影響がある方ではなかろうか…
だから私は意識して
毎日筋トレはしているが、軽度で済ませる様にしている
肉体の自己満足はそのまま利己中として滲み出ると感じているからだ
我を知る そして箍を外さない



2025年06月13日(金)

エンタメ
熱心なファンは有り難い
有り難いが、小説も、漫画も、アニメも曲も、映画も報道も
みんな“わかりやすさ”“面白み”の脚色やリズムを取り入れたエンタメである
極端に言えば
真実にオチはないし、結論も理由もない
だが受け手側は観せられ始めた直後からソレでは納得しない
もしもそんな“まんま”な真実を観せたら
「で?」となる。 そして、そこにソレ以上もソレ以下も無い事が判ると
「なーんだ」と次から観なくなる
だから、全ての報道には“わかりやすさ”という理由の演出が入っている
演出が入っているってことは、その時点で真の意味での真実性を欠く
全ては観る側に合わせたレベル補足であり
受け取る側の個々の人生経験値へ平たく合わせたサービスなのだ
だから
観たまま、読んだままを信じる信者的なファンが厄介にもなる

因みに
僕が制作したネット漫画は、個人の実体験を元に描いているし
ウソは入れていない。唯一都合上登場人物の名前ぐらいがウソな訳だが
それでもわかりやすさの為に、前後関係に時間の入れ替えや
その場に居た人物の差し替えが一部ある
つまり、起きた内容、経験した“僕”の話に偽りはないが
話全体としての真の真実とは言えない部分があるという事だ
この演出は
創作の都合上どうしても生じるウソであるが
この辺りのニュアンスを理解出来ない方々が厄介なのだ

もっとエンタメとして、全体を捉えろ!
作品を勝手に神格化するな。たかだかエンタメだ! …と言いたい
有り難いが
その事に真剣過ぎると精神を病む
もっとプロレスを楽しめ!
エンタメはそんな高度に考えるモノでもないし
小説や映画も曲も、そんな崇高なモノでもない
ただのエンタメである
人生に影響を受けるのは判るが
自分でも作る経験を通して
ソレがエンタメという技である真実に気がつけ!だ



2025年06月12日(木)

「諦める」という選択肢
近年、人に物事にも優しくなっている世の中で
「夢は叶うよ」とか「信じれば叶う」とか
この「諦めて、次に行く」という選択肢が薄らいでいる様に感じる
確かに諦めなかったからこその成功もあるのだろうが
ずっとそこにシガミ付いてしまったが故に他の選択肢を無駄にする事もある
何故「諦める」が悪なのか
人類はこの諦めるを捨てたからこそ、長引いてしまってる戦争がいくつもある
つい二世代前、我が国も
国民玉砕、最後の一人まで、諦めたら終わり! というスローガンで戦っていた
戦争もゲームも始める時に終わりの線引をしていないから、こういう事が起きる
「ここまでは頑張る。これ以上は終わる」決め事
諦めは時として大事な決断になる
「負けられない戦い」も、諦める落とし何処を想定しないと単なる泥沼になる
対相手のあるモノで100%こちらの言い分が通る戦いは奴隷か侵略しかない
そういう争いは今の時代にはそぐわない
痛手の浅い内に事を収め、次へ余力を持って当たる
今も紛争している世界は「折れる」「諦める」の美学を今一度と思う
ここでは戦争を例に挙げたが、人生の選択も然り
しがみついているって事は、その間何も見えない、学べないという事
研究や粘る事でしか得られない技術や実験ジャンルは仕方ない
だがそれは自分じゃなきゃ出来ない事なのか?
人生も「次」の選択が出来ないという事は
それだけ時間も人生も損をしているという事だ



2025年06月11日(水)

よくSさんはもうマンガを描かないのですか?と質問される
事情は個人的な体調の事、体力の事とか色々あるのだが…
一番の問題は
これだけ世の中がセンシティブ!を叫んで煩い中
自由な発想のマンガが描けるか!ってことだ
描かないのではなく、描いてる場合ではない!という心境が正しい
そもそも
私がマンガを描き出した根本には
手塚大先生の
マンガは下品な物。故に何を描いても良い」という強みにあった
何を描いても良いが、個人攻撃だけはするな!という最低限の鉄則
この強みもセンシティブ!とかいう大きく曖昧な括りで簡単に一掃される
コンテンツとは、漫画も映画もアニメも
自由だからこそエンタメであり面白い産物なのだ
センシティブ!って規制って誰がジャッジしている?
人は人の数だけの個性がある事を無視して、誰が線を引く
それが個体差別の始まりであると何故気がつけない?
いや、気がついていてワザと文化を破壊しようとしているのだと私は思う
漫画表現は完成まで時間がかかるモノだ
こんな世の中だからこそ
思いついた事を即何本も提示出来るこのブログ手段に出たのだ
この危機感を訴える為に、わかりやすくまとめたり遠回しな表現になるより
よりダイレクトな言葉で告げようと思ったのだ
我々は我々が受け継いだ自由を後世に残す義務を果たすべく
行動を優先に今を生きている



2025年06月10日(火)

昨年の区役 (美化作業) 時は雨不足で困っていたご近所農家の話題も
今年はわかりやすく梅雨らしい雨
今日も初日の豪雨ではないものの、しっかり降ってくれている
お百姓さんはお天気の気まぐれとも戦っている
農家の生産物は工場の様に毎回同じという訳には行かない
それを人間が調整する理屈は判るが
誰かの思惑で勝手されるのは許せないし、あってはならない
農業、米作りは、経営でもあり
神事でもある
だから我が国は長く税が米の時代があって
米作りが基礎の国だった
米作りを否定する者は日本国人にあらず!
(縄文文明系かもしれないけど)
天照大神系否定者、伊勢系神社否定者だ



2025年06月09日(月)

深夜2時10分頃、突然空の蛇口を全開に開けた様な雨
蛇口というか空全面、面で全開の水圧で降るのがこの季節の雨だ
昨年は無かった記憶だけに久々なスコール雨
室内に居ても降ってる圧の音が違う
とうとうこのシーズンがやって来た


昨日のプライドの続き
各々の意見があって譲れないモノがある
ソレはいい
だが共通の敵が明確に存在する時に
共闘すれば倒せるのに、この各々の価値観のズレで共闘しないというのは
実に勿体なくもあり哀れでもある

私はココで何度も語ったと思うが
政治とは個人の正義を貫くモノではないと思う
個人の思いは個人の数だけ存在し、ガッチリと噛み合う事の方が少ない
政治とは
共闘して事を成す為の落とし所を探ってまとめる作業だと思っている
個々の思いは一旦置いといても成す為の打開策を探ること
この世の
「死んでも譲れないモノ」の究極は突き詰めれば
具体的で詳細なモノは省かれ、もっと抽象的で大きなモノになると信じる
大きなモノとは解釈も幅もあるということで
決して打開策、落とし所がない様なモノでもないと思う
みんな近視眼になり過ぎてはいまいか
一旦遠くから全体を観て、成すべき重要度を優先すべし



2025年06月08日(日)

くだらぬ組織派閥とプライド
先の戦争時でも日本は派閥争いをしながら巨大なアメリカに挑んでいた
ただでさえ無謀と言われたアメリカと戦うことになっても
陸軍と海軍と政府は各々の言い分で争っていたのだ
こんな状態で勝てる筈もない
それでも戦うしかない戦争だったとしても
人は己の立場に固守して、統一団結の道を選ばなかった
「死んでもアイツとは組まない」 …そんな個人、団体の思いだけで
全国民を巻き込む大きな戦いに挑んだ訳だ
共通の敵という存在でも共闘という選択を形だけで強行した
そんな生きるか死ぬかの大事でも人はそういうものだから
今の政局が大問題化していようが、個人の立場を持ち込む輩が居るのは
人の性としか言いようもない事なのかもしれない
人はそれほど愚かで未熟な生き物であるとも言える

各々の正義の違いならまだ理解出来る
各々の私欲とプライドと名誉の為だけで他人を裏切り
国家も裏切る連中
もうこれは国家内乱罪に匹敵する裏切り行為だけど
こんな大罪を多くの人間がやっているから未だに誰も処罰されないし
処罰されない事を良いことに年々増えている状況で
罪の意識さえ薄くなってしまっているのが今の日本だ
こんな損得だけの世の中は、かなり末期じゃないかと思う

みんな、言う権利、選ぶ権利を捨てるな!
お前のそのいい加減さと、自暴自棄がこんなヤツらを太らせているのだ



2025年06月07日(土)

明日から梅雨っぽい雨日和になるという最後の日…
なのに、曇天
もう明日に片足突っ込んでるかの様な天気であります
まぁ、お百姓様方にも日本的にも雨は必要なのであります
必要なモノが来るという喜ばしいシーズン到来なのですわ
田からは既に「カナカナカナ…」カエルの鳴き声も
すっかり梅雨に準備が整いつつある今日
旧友から電話
元気そうでなにより
元気が一番
お互い会える内に会っておかないと…と思う歳になってしまった
当たり前な季節も
迎えられることが有り難いのです



2025年06月06日(金)

赤い色と熱と生命
太陽、お日様を誰が赤いと言ったかは知らないが
太陽も我々の体を巡る血も赤く、温かい
赤色に暖を感じるというのも赤外線の成せる技か
DNAレベルの記憶なのかもわからないが
心臓という生命のエンジンから行き渡る熱の血流に囲まれる生物も
暖を持って生きているのは事実だ
その我々や生物などを模して作られたモノが機械なのだが
この機械も作動には「火を入れ」、運動中は熱が発生するのだ
全てのエネルギーは熱を伴う
熱とは生きている証みたいなモノ
労働をシンボルにした旗を赤にしたのも、そんな意味合いがあるのだろう
まさか血の革命という意味だったかもしれないが
その血は巡っている内が運動であり、熱であり
流れてしまってはやがて止まるのだ

情熱は
野心に使うと他人を傷つける
いつの世も生きる為には他人を傷つけてもやむ無しとされて来つつ
傷つけ過ぎると子孫がない等の教訓的な戒めも存在している
常に心に痛手を感じるくらいならば
他人を傷つけない方向に使うべきである



2025年06月05日(木)

猫は昨日一晩帰って来なかった
やっぱり今回も一過性な気まぐれだった様だ
代わりなのか今朝部屋の扉を開けると
子猫が門番の様に僕の部屋の前に居た


ウソか本当か
ゲン担ぎみたいなスピリチュアルみたいな話だが
某熟練の彫師は
「幽霊」や「天女」みたいな足のないキャラは彫らないそうで
その理由に
そういう類の彫り物を入れたお客はその後に亡くなっているケースが多く
彼的にはそういう仕事は受けないのだとか
ウソみたいな話だが、日本人として
そういう話ってあるよね…と納得してしまう
…映画でもよく見るシーン
先人や村人の忠告は聞け!という忠告めいた話に通ずる



2025年06月04日(水)

お隣の大統領が決まった
大方の予想通りで、一部の若い支持層の声は届かなかった様だ
日本と似たようなマスコミや法曹も一体で推した大統領
彼が指導する国の行方について
今後の動きを注視したい



2025年06月03日(火)

猫の心も季節によって変わる時期があるイメージだが
昨日の夜からまたそのシーズンが始まった様だ
半野良の親猫が妙に子供帰りした様に私から離れず
枕の隣でピッタリと寝たり、グルングルンとお腹を見せて甘えて来る
都内への3日間の留守が効いたのか…
先月末辺りから少しづつ歩み寄って来て、昨日からベッタリとなった
とはいえ
猫のこんな状態は過去にも何度か観られては
数日後に元に戻ったりの繰り返しで
今回も何日こんな状態かもわからないが
今朝は子猫との立ち位置も完全に入れ替わっていた
これまで子猫が近づくと威嚇していたのに
今回からその子猫側から威嚇されていたのだった
今度こそは野良稼業を辞めて家猫になるのか?
猫の世界にも変化の時が来ているらしい


長嶋茂雄さんが亡くなった
野球はそれ以前のラジオの時代から人気スポーツだったが
彼はテレビと共にスターになった選手だ
個人的には彼の後の王選手世代になるのだが
彼はまだビデオが普及する前に引退して
引退時の音声の記念レコードが出るという熱狂ぶりで
後の王さんやその他のスターの記念レコードの流れを作った印象も強い
また一人昭和のスターが消えた日だ



2025年06月02日(月)

6月らしい、梅雨っぽい雨日
…とはいえ、この近年の九州の梅雨は可愛げもない土砂降りが多かった為
まだまだなのか、これからなのかの初日らしい可愛い雨日だ
蒸し暑くもなく、丁度良い


国の行政は想像以上に深刻な状態に陥っていた様だ
それらがウソか真かのざわつきと闇深い話に驚く訳だが
例え真実だったとしても、膿が露呈しているということは
改善の声を挙げるチャンスであり、まだ希望がある状態ともいえる
世間で言う売国奴並な裏切り者や私欲者がこんなにも
表に露呈するほど腐りきって溢れるくらい居たのも驚いたが
彼らもこれを機会に腐ったミカンの廃棄処分だ!
日本法律もまともに機能していない証にもなった
国家反逆罪に外患誘致罪は極刑になって居ないとおかしい重大事件だ
そいつらがこんな沢山増えているってこと自体もおかしい
次回の選挙は
腐った議員の清掃も含め
現職裁判官も全員清掃しなきゃって事だ



2025年06月01日(日)

晴天
6月第一祝日は全国的な環境美化の日
ご近所の清掃をやります
この日の天候は元旦に等しいくらい晴れ率高い印象
普段お話しする機会の少ないご近所の方々との交流日でもあります
今日は特に幼少期から知っているのに無口でお話する機会の無かった方と
お話し出来ました。
なんとそのご近所の農家さんがアニメ化されてBSで放映されるらしい
すごい時代です